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大津地方裁判所 昭和29年(ワ)84号 判決

原告 大岩清作

被告 浜田八重子

主文

被告が原告に対して別紙目録〈省略〉記載の家屋を明渡すべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決はかりに執行することができる。

被告が金五万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免がれることができる。

事実

原告は主文第一、二項と同旨の判決、並びに担保を条件とする仮執行の宜言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

(一)  原告は昭和九年六月別紙目録記載の家屋を訴外北村源三郎から買受けこれが所有権を取得し、同時にこれを原告の父大岩源三郎と被告に期限を定めずして使用貸しした。

(二)  ところが右大岩源三郎は昭和二十年一月十一日に死亡し、その後原告は本件家屋を使用する必要を生じたので、昭和二十八年十月三十一日附書面をもつて被告に対して右使用貸借契約を解約する旨を通知したにも拘わらず、被告は今日までこれが明渡しをしないので本訴に及ぶ。

とかように陳述し、

被告の答弁に対して、前記源三郎の死亡によつて原告がその家督相続をしたことは認めるがその余の被告主張事実は全部争う。被告は大岩源三郎の内縁の妻ではなく、単なる情婦にすぎないものであつたと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め答弁として次のように述べた。

(一)  本件家屋が現在原告の所有であること、原告の養父源三郎が原告主張日時に死亡したこと被告が現に右家屋に居住してこれを占有していること、並びに原告主張の如き解約告知があつたことはいずれも認めるが、その他の原告主張事実はこれを争う。

(二)  本件家屋は原告の父訴外亡大岩源三郎が北村源三郎より買受けてその所有者となり、次で右大岩源三郎の死亡に因り原告がその家督相続をして本件家屋の所有権を承継したものである。而して被告は昭和八年十二月以来大岩源三郎と内縁の夫婦関係を結び、右源三郎の本件家屋を買取りと同時に同所で同棲生活を営むに至つたものであつて、被告と源三郎との間には大岩勝(当十八才)同福雄(当十二才で不具者)の二児が出生し、被告は右両名の親権者とし現にこれらの子と共に本件家屋に居住しいるのである。かくて、大岩源三郎の養子たる原告と前記勝、福雄とは法定の兄弟として相互に扶養義務を負う関係にあるに拘わらず、原告自らその扶養義務を尽さず、しかも右両名の養育に当つている被告に対して本件家屋よりの立退きを要求するが如きに親族間の情義にもとる行為であつて本件明渡し請求は所有権の濫用であるから、被告はこれらに応じられない。

とかように述べた。〈立証省略〉

理由

別紙目録記載の家屋が原告の所有であつて、被告が現に同家屋に居住してこれを占有していること、及び原告の養父大岩源三郎が昭和二十年一月十一日死亡したことはいずれも当事者間に争いのない事実である。そして成立に争いのない甲第二号証の一、二、同第三号証及び乙第一号証に証人高橋浅造の証言、原告本人尋問の結果並びに被告本人尋問の結果の一部を総合すれば、本件家屋は原告が昭和九年五月十一日の売買契約によつて訴外北村源三郎より代金八百七十五円で買受けその所有権を取得したものであること、原告は当時養父源三郎と同居中であつたが、養父はその居宅で時計商を営んでおり原告夫婦にも子供が生まれたりして漸く住居部分の手狭を覚えるに至つたため、恰も格好の売家が出たのを機として将来の移転先確保の目的の右家屋を買取つたのであつて、差し当りこれを自ら使用する必要がなかつたので、養父源三郎の申入に応じて一時同人に貸与したところ、源三郎は予てから継続的情交関係を結んでいた被告を同所に呼び寄せ同女と協力して右家屋でカフエー営業を開業するに至つたこと、並びその後上述の如く右源三郎が死亡したので、被告もカフエー営業を廃止したが、そのまま現在まで源三郎との間に生まれた大岩勝(当十八才)同福雄(当十二才)の二子と共に本件家屋に居住しているものであることを認めるに十分である。右認定に反する被告本人の供述部分は措信できない。かくて以上の如き事実関係の下においては、被告は前記亡大岩源三郎が原告の養父として原告から本件家屋の使用を容認されている限り、右源三郎の使用権限の範囲内においてその補助者としてこれが使用を原告に対抗し得るに止まり前記のとおりすでに源三郎が死亡した後にあつては、もはや被告が本件家屋に居作することを正当とする理由はなくなつたものといわねばならない。従つて、原告から被告に対して本件家屋の使用貸借を解約する旨の告知がなされたことは被告の自認するところであるが、かかる解約の有無に拘わらず被告は原告からの明渡請求に応じてこれを明渡すべき義務あること勿論である。

被告は、本件原告の明渡請求は権利の濫用であると抗弁するのでこの点について考えてみよう。被告は、訴外亡大岩源三郎と被告とは正規の婚姻届はしていないが立派な内縁の夫婦であつて、右源三郎が訴外北村源三郎から買受けた本件家屋において同棲して来たところ、右源三郎の死亡により原告がその家督相続人としてこれが所有権を承継するに至つたものであると主張するが、右の主張はいずれもこれを認めるに足らず、却つて本件家屋は最初から原告が買受けた同人の所有物であり、且つ被告と源三郎との間柄は単なる妾(俗にいう二号さん)関係すぎないものであることは上来説明のとおりである。よつてかかる見地にたつて被告の抗弁を審究するに、被告の子である訴外大岩勝同福雄が前記大岩源三郎より認知をうけていることは成立に争いのない乙第一号証(除籍謄本)によつて明白であるから、右勝及び福雄が原告と法律上の兄弟の関係にあり、従つて相互に民法第八百七十七条の扶養義務者に該当するということはいうまでもない。しかしながら同条は親族的扶養義務に関して抽象的な扶養義務者の範囲を定めた規定にすぎず、これ等の者の間に扶養を必要とする者が生じた場合誰がいかなる程度方法によつて現実にこれを扶養するかは、当事者の協議または右の協議に代わる家庭裁判所の審判によつて定まるのであつて、(民法八七八条、第八七九条)、かかる協議または審判があつてはじめて法律上具体的な扶養義務の発生をみるに至るわけである。故に、被告の主張する如く、原告と前記大岩勝同福雄とが民法第八百七十七条所定の抽象的扶養義務者たる関係にあるというだけでは、未だもつて原告が現実に右両名を扶養すべき法律上の義務を有するものとはいえない。のみならず、原告からみれば右勝、福雄等は父の妾の子たる半血兄弟にすぎず、一方原告は現在借家住いであつて、特定の職もなく生活が楽でないので、本件家屋に本件家屋に転住して毎月の家賃の支出が免がれるか、或いはこれを他に売却して商売を開く資金を得るか、そのいずれかの方途によつて家計の維持を図る必要上本件明渡しの請求をするに至つたものであることが、原告本人尋問の結果により明かであるから、かかる場合原告としては、法律上の親族とはいえ上叙のような関係にすぎない勝、福雄等のため自己の生計上不如意を忍んでまで同人等を本件家屋に居住せしめておかなければならない義務がないことは勿論、道義的にもこれをもつて著しく親族間の情義を失するものだとはいえないのであつて、被告に対する本件家屋の明渡請求の結果右両名がここに居住することができなくなるとしても、右の請求が権利の濫用であるとは解し難い。

以上の次第であるから、原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八十九条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫)

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